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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)11866号 判決 1986年5月27日

原告(反訴被告) 有限会社 大信工務店

右代表者代表取締役 大泉義信

右訴訟代理人弁護士 西村寿男

原告(反訴被告)補助参加人 宮本木材有限会社

右代表者取締役 宮本修吉

右訴訟代理人弁護士 藤光巧

同 上田周平

被告(反訴原告) 福島秀夫

右訴訟代理人弁護士 西岡文博

同 坂本誠一

同 石上晴康

同 羽尾芳樹

同 菊島敏子

被告 相銀住宅ローン株式会社

右代表者代表取締役 中嶋晴雄

右訴訟代理人弁護士 益田

同 仁科哲

主文

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)福島秀夫との間において、原告(反訴被告)が別紙物件目録記載の建物の所有権を有することを確認する。

二  原告(反訴被告)の被告(反訴原告)福島秀夫に対するその余の請求及び被告相銀住宅ローン株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  被告(反訴原告)福島秀夫の反訴請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを三分し、その二を被告(反訴原告)福島秀夫の負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 主文第一項と同旨

2 被告(反訴原告)福島秀夫(以下「被告福島」という。)は、原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、横浜地方法務局溝口出張所受付の別紙登記目録(五)記載の所有権保存登記(以下「本件保存登記」という。)の抹消登記手続をせよ。

3 被告相銀住宅ローン株式会社(以下「被告会社」という。)は、原告に対し、本件建物につき、横浜地方法務局溝口出張所受付の別紙登記目録(一)ないし(四)記載の各登記(以下「本件抵当権設定登記等」という。)の抹消登記手続をせよ。

4 訴訟費用は、被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 被告福島と原告との間において、被告福島が本件建物の所有権を有することを確認する。

2 原告は、被告福島に対し、昭和五八年八月一一日から本件建物の工事が完了するまで一日当たり金五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

3 反訴費用は、原告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 主文第三項と同旨

2 反訴費用は被告福島の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 原告の本件建物の所有権取得原因

(一) 原告は、訴外株式会社北斗建業(以下「訴外会社」という。)との間で、昭和五八年五月一日原告が本件建物を、原材料、費用等一切を調達、供給して建築し、その請負代金額を一六〇〇万円とする約の請負工事契約(以下「本件請負契約」という。)を締結した。

(二) 原告は、本件請負契約に基づき右建築工事に着手したが、その工事の過程で、原告と訴外会社との間で、別紙追加工事明細書記載の追加変更工事を、原告が原材料、費用一切を調達供給して請け負う旨の契約を締結した。

(三) 原告は、本件請負契約及び右追加変更契約に基づき、すべての原材料を調達供給し、自己の費用、労力により建築工事を続行し、昭和五八年八月三〇日現在、建物の屋根、柱、外壁部分の工事をほぼ完了し、本工事約八割、追加工事約六割を終了し、未完成ながら独立した建物としての本件建物が築造され、なお、工事続行中であった。

2 本件保存登記の存在

被告福島は、本件建物につき、昭和五八年八月八日表示の登記を了したうえ、同月二三日本件保存登記を経由している。

3 本件抵当権設定登記等の存在

被告会社は、本件建物につき、昭和五八年八月二三日本件抵当権設定登記等を経由している。

4 確認の利益を基礎づける事実

被告福島は、本件建物の所有権を有すると主張して、原告が本件建物の所有権を有することを争っている。

よって、原告は、被告福島との間において、原告が本件建物の所有権を有することの確認を求めるとともに、所有権に基づいて、被告福島に対し、本件保存登記の抹消登記手続を、被告会社に対し、本件抵当権設定登記等の抹消登記手続をすることを求める。

二  請求原因に対する認否

1 被告福島の認否

請求原因1(一)ないし(三)の事実は不知。

同2の事実は認める。

同4の事実は認める。

2 被告会社の認否

請求原因1(一)ないし(三)の事実は不知

同3の事実は認める。

三  抗弁

1 被告福島の抗弁(注文者が所有権を取得しうる特段の事情)

(一) 被告福島は、訴外会社との間で、昭和五八年四月一一日訴外会社が被告福島所有の川崎市多摩区生田八丁目一六番地上に、被告福島邸としての本件建物を請負代金一八〇〇万円で建築する旨の契約(以下「本件元請契約」という。)を締結した。

(二) 右請負代金一八〇〇万円の支払については、契約成立時五〇〇万円、上棟時五〇〇万円、木工完了時三〇〇万円、完成引渡時五〇〇万円に分割して支払う約であったところ、被告福島は、訴外会社に対し、それぞれの支払時期に合わせて、昭和五八年四月一一日五〇〇万円、同年五月二一日五〇〇万円、同年七月二〇日三〇〇万円を支払った。

(三) 訴外会社は、被告福島に対し、昭和五八年八月一日未完成ながら独立した建物としての本件建物を引き渡した。

(四) 被告福島は、訴外会社から引渡を受けた後である昭和五八年九月三〇日ごろ本件建物に玄関ドアを設置しその鍵を保管することにより、本件建物を占有するに至った。

(五) 本件建物は、被告福島の代理人である一級建築士の訴外梅田豊の設計、管理、監督のもとで建築され、建築確認申請は、被告福島を建築主としてされている。

(六) 建築業法二二条によれば、予め発注者の書面による承諾がない限り、建設業者がその請け負った建設工事を一括下請に出すことも、また他の業者が請け負った工事につき一括下請を受けることも禁止しており、本件元請契約においても、特約をもってこれを禁止していた。ところが、原告主張の本件請負契約は、その一括下請に当たる。

2 被告会社の抗弁(信義則違反又は権利濫用)

(一) 被告福島の抗弁(一)ないし(六)と同旨。

(二) 被告会社は、被告福島から本件建物の建築資金の借入申込を受け、昭和五八年八月二三日一三〇〇万円を貸し渡したが、その貸付の際、本件建物につき被告福島名義で所有権保存登記ができることを確認したうえ、すでに昭和五七年六月一一日被告福島に貸し付けていた土地取得資金一四五〇万円の支払の担保として本件建物につき抵当権設定及び賃借権設定契約を締結すると同時に、一三〇〇万円の貸付についても、その支払の担保として本件建物につき抵当権設定及び賃借権設定契約を締結し、この各契約に基づいて、本件抵当権設定登記等を経由した。

(三) 被告会社は、原告と訴外会社との間の本件請負契約の存在、下請代金の授受については、全く知らなかったし、原告と訴外会社間の問題は内部問題である。注文主の被告福島の承諾も得ずに一括下請をした原告が被告会社に対し、本件抵当権設定登記等の抹消登記手続を求めるのは、信義則に反し、権利の濫用である。

四  抗弁に対する認否

1 被告福島の抗弁に対する認否

(一) 抗弁1(一)の事実は不知。

(二) 同1(二)の事実は不知。

(三) 同1(三)の引渡の事実は否認する。

(四) 同1(四)のうち、被告福島が昭和五八年九月三〇日ごろ本件建物に玄関ドアを設置したことは認めるが、その余の事実は否認する。

なお、被告福島は、本件建物の占有を取得しようとして、原告が建築中の本件工事現場に侵入し、勝手に玄関ドアを取り付けたので、原告は、このドアを撤去して新たに玄関ドアを取り付け、その鍵を保管して、本件建物を占有している。

(右主張に対する被告福島の認否)

原告が被告福島の設置した玄関ドアを取りはずし、別の玄関ドアを取り付けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(五) 同1(五)の事実は認める。

(六) 同1(六)のうち、本件元請契約において一括下請禁止特約のあったこと、本件請負契約が一括下請に当たることは認める。

なお、被告福島は、原告が一括下請で工事をしていることを熟知していたものである。

(右主張に対する被告福島の認否)

否認する。

2 被告会社の抗弁に対する認否

(一)  抗弁2(一)については、被告福島の抗弁に対する認否と同旨。

(二)  抗弁2(二)の事実は不知。

(三)  抗弁2(三)の事実は否認する。

(反訴)

一  請求原因

1 被告福島の本件建物の所有権取得原因

本訴についての被告福島の抗弁(一)ないし(六)と同旨。

2 確認の利益を基礎づける事実

原告は、本件建物の所有権を有すると主張して、被告福島が本件建物の所有権を有することを争っている。

3 損害賠償

(一) 原告の不法行為

本件建物の完成が遅れている原因は、次のとおりである。

(1) 原告は、訴外会社との間で建設業法二二条が禁ずる一括下請契約を締結し、昭和五八年八月二〇日訴外会社が手形不渡を出して倒産した後、本件建物の所有権は原告にある旨主張し、被告福島が本件建物の所有権を保全するため設置した玄関ドアを取りはずして別の玄関ドアを設置したり、本件建物の周囲に有刺鉄線を張りめぐらせたうえ、原告名義で「告 此の建物の中に何人も入ることを禁ずる」旨の立看板を立てた。

(2) 原告は、被告福島を相手として、昭和五八年一〇月五日立入禁止等の仮処分申請をして本訴に及び、不当に抗争している。

(二) 被告福島の損害の発生とその数額

被告福島は、原告の右行為によって、本件建物の完成が得られず、その使用収益ができず、損害を蒙っている。

その額は、次のように算出される。

すなわち、被告福島と訴外会社間の本件元請契約においては、訴外会社の責に帰すべき理由により、契約期間内に契約の目的物を引き渡すことができないときは、被告福島は、遅滞日数一日につき請負代金額から工事の出来高部分と検査ずみの工事材料に対する請負代金相当額を控除した額の一〇〇〇分の一に相当する額の違約金を請求することができる旨定められているところ、本件建物の完成予定日は、昭和五八年八月一〇日、本件元請負代金額は一八〇〇万円、被告福島の工事出来高に対する支払ずみ代金は一三〇〇万円であるから、残額五〇〇万円の一〇〇〇分の一に相当する五〇〇〇円を一日の遅滞損害金とすべきであり、右が被告福島が原告のため蒙っている一日の損害額である。

よって、被告福島は、原告との間において、被告福島が本件建物の所有権を有することの確認を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として、原告に対し、本件工事完成予定日の翌日である昭和五八年八月一一日から本件建物が完成するまで一日当たり五〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1については、本訴についての被告福島の抗弁に対する認否と同旨。

2 同2の事実は認める。

3 同3(一)(1)のうち、原告が本件建物の所有権を有すると主張し、被告福島が設置した玄関ドアーを取りはずして別の玄関ドアーを設置したり、本件建物の周囲に有刺鉄線を張りめぐらせ、原告名義で「告 此の建物の中に何人も入ることを禁ずる」旨の立看板を立てたことは認めるが、その余の事実は否認する。同3(一)(2)のうち、原告がその主張の仮処分申請をし、本訴に及んだことは認めるが、その余の事実は否認する。同3(二)の事実は否認する。

第三《証拠関係省略》

理由

(本訴についての判断)

一  請求原因1(原告の本件建物の所有権取得原因)について

1  請負人が自ら材料を調達供給して建物を完成した場合には、右建物の所有権は請負人に帰属し、注文者は、請負人から右建物の引渡を受けてはじめてその所有権を取得するものと解される(最判昭和四〇年五月二五日裁判集民事第七九号一七五頁参照)。もっとも、請負人と注文者との間に、完成と同時に当該建物の所有権を注文者に原始的に帰属させる、又は、建築中の築造物(建前)の段階からその所有権を注文者に移転する旨の予めの合意があるとか、注文者が請負人に請負代金の大部分を支払っているなど特段の事情があって、完成と同時に当該建物の所有権を注文者に原始的に帰属させる、又は建築中の築造物(建前)の段階からその所有権を注文者に移転する旨の黙示の合意があると認められる場合には、注文者が右建物の所有権を取得するものと解される(最判昭和四四年九月一二日裁判集民事第九六号五七九頁、同昭和四六年三月五日裁判集民事第一〇二号二一九頁参照。)この理は、一括下請における下請人と元請人ないし注文者との関係においても基本的には同様に解すべきであり、下請人が自ら材料を調達供給して建物を完成した場合には、原則として、右建物の所有権は、下請人に帰属し、注文者は、下請人から元請人に、元請人から注文者に右建物の引渡があってはじめてその所有権を取得し、前記のような予めの三者間の合意又は合意と同視できる特段の事情があるときにのみ、注文者が原始的に右建物の所有権を取得する、又は建築中の築造物(建前)の段階からその所有権を取得するものと解すべきであり、これと異なり、一般的に注文者が当該建物の所有権を取得する旨の法律上の見解は採用することができない。すなわち、下請人が自己所有の動産である建築材料に自己の費用をもって加工する以上、その加工物である建築中の築造物(建前)の所有権は下請人にあり(最判昭和五四年一月二五日民集三三巻一号二六頁参照)、これに更に下請人の動産である建築材料を加えて一個の不動産である建物へと生成発展させるのであるから、その独立の不動産となった建物の所有権は、原則として下請人に帰属すると解するのが自然であり、その所有権が注文者に移転するのは、所有権移転の合意の徴表である引渡によって、下請人から元請人へ、元請人から注文者へ移転すると解するほかなく、例外的に注文者が建物の所有権を原始的に取得し、又は建築中の築造物(建前)の段階からその所有権を取得することがあるのも、その所有権帰属の合意があるか、又は合意があったと同視できる特段の事情がある場合に限られるはずだからである。

右の見解に基づいて、以下、所有権の帰属について判断することとする。

2  《証拠省略》によれば、請求原因1(一)(本件請負契約の締結)の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

3  《証拠省略》を総合すると、原告は、本件請負契約に基づき建築工事に着手したが、その工事の過程で、原告と訴外会社(被告の代理人梅田豊を通じて)との間で追加変更工事を原告が原材料、費用一切を調達供給して請け負う旨の契約を締結したことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はないが、その代金額については、工事終了後に取り決める約であったことまでは認められるが、具体的な金額の取り決めが成立したことは、全立証によってもいまだ認めることができない。

4  《証拠省略》を総合すると、原告は、本件請負契約及び追加変更契約に基づき、すべての原材料を調達供給し、自己の費用、労力により建築工事を続行したこと、本件請負契約の完成予定日は、昭和五八年八月二〇日と定められていたが、原告と訴外会社間で、追加変更がたびたび行われたため、一、二か月程度工期が延びてもよい旨の了解があったこと、同年七月二〇日ころには、本体工事の大部分は終っており、同年八月三〇日現在では、ベランダ、内部内装、建具家具の取付工事に一部未了の部分があったが建物の屋根、柱、外壁部分の工事はほぼ完了し、本工事約八割、追加工事約六割が終了し、未完成ながら独立した建物としての本件建物が築造され、なお内部工事未了の状態のままとなっていたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

5  前記1の見解に基づいて、右2ないし4で認定した各事実を合わせ考えると、原告は、他に特段の事情がない限りは、本件建物が独立の不動産となった時点において、本件建物の所有権を原始的に取得したものということができる。

二  請求原因2(本件保存登記の存在)及び3(本件抵当権設定登記等の存在)の事実は当事者間に争いがない。

三  被告福島の抗弁(注文者が所有権を取得しうる特段の事情)について

1  被告福島は、原告との間ないしは訴外会社を含めた三者間で、本件建物の帰属について予めの合意があったことは主張しておらず、また、原告から訴外会社へ本件建物の引渡があったことについても主張しておらず、また全立証によっても、かかる合意も引渡も認めることができないから、結局、被告福島が本件建物の所有権を取得しうるのは、前記のような特段の事情がある場合に限られるので、この点について、以下判断する。

2  《証拠省略》を総合すると、被告福島の抗弁(一)(本件元請契約の締結)の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

3  《証拠省略》を総合すると、被告福島の抗弁(二)(請負代金一八〇〇万円のうち一三〇〇万円の支払)の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

4  被告福島の抗弁(三)(本件建物の引渡)について検討するに、《証拠省略》によれば、訴外会社が被告福島に対して本件建物に関する工事完了引渡証明書を交付したことを認めることができるが、すすんで、本件建物が独立した不動産としての建物になった時点以後において訴外会社が本件建物を占有していたこと、被告福島がその占有の引渡を受けたことについては、全立証によってもこれを認めることはできない。なお、請負契約においては、完成した後引き渡すのが常態であるところ、本件建物は未完成であるから特段の事情がないかぎり、未完成のまま引き渡したとは考えられず、また《証拠省略》によれば、右工事完了引渡証明書の交付は、被告福島が被告会社から建築資金の融資を早期に受けたいと考え、その担保権を設定するため、本件建物に自己名義の保存登記を経由しておく必要上、訴外会社からその交付を受けたものであることが認められ、この交付をもって、直ちに引渡があったものとはいえない。

5  被告福島の抗弁(三)(本件建物の玄関ドアの設置等)について検討するに、被告福島が本件建物に玄関ドアを設置したことは当事者間に争いがなく、この事実と、《証拠省略》を総合すると、原告は、訴外会社が昭和五八年八月二〇日第一回目の手形不渡を出して、本件建物についての最初の請負代金の支払ができなくなってからは、その支払に不安があったため、細々と工事を進めるにとどまっていたが、同年九月二〇日第二回目の手形不渡を出して訴外会社が倒産してしまい、そのころ訴外会社の代表取締役の茂手木利一も所在不明となったので、原告は、本件建物の建築工事をほぼ中止し、本件建物の周囲に有刺鉄線をめぐらして、その管理をしていたこと、被告福島は同月三〇日ころ本件建物の建築を第三者に依頼して進行をはかるべく右有刺鉄線を一部取り除いて本件建物に玄関ドアを取り付けその鍵を自ら保管するに至ったことが認められる。

その後、原告が右玄関ドアを取りはずし、新たに別の玄関ドアを取り付けたことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、原告は、被告福島が右のように、原告の了解なく本件建物に玄関ドアを取り付けたので、同年一〇月五日付をもって、被告福島を債務者として、工事続行中であることを理由に、本件建物への立入等禁止、設置工作物の除去を求める仮処分を申請したうえ、右玄関ドアを取りはずし、原告においてすでに準備して他に保管していた別の玄関ドアを取り付け、その鍵を保管して、以後本件建物を占有管理していることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

6  被告福島の抗弁(五)(本件建物が被告福島の代理人である梅田豊の設計、管理、監督のもとで建築され、被告福島を建築主として確認申請がされていること)は、当事者間に争いがない。

7  建設業法二二条によれば、予め発注者の書面による承諾がない限り、建設業者がその請け負った建設工事を一括下請に出すことも、また他の業者が請け負った工事につき一括下請を受けることも禁止する旨規定されており、本件元請契約においても、特約をもって一括下請をすることができない旨定められていたことは当事者間に争いがない。

しかし、原告は、被告福島が原告が一括下請で工事をしていることを熟知していた旨主張するので、この点について検討する。

《証拠省略》を総合すると、被告福島は、不動産売買の仲介、分譲、建売、管理、建物の設計、工事施工等を業とする日本橋建設株式会社(以下「日本橋建設」という。)の代表取締役であり、その立場で、訴外会社に対し、建売住宅等の建築をたびたび請け負わせていたこと、訴外会社は千葉県の業者であるため、昭和五七年一〇月ごろから東京都、神奈川県の工事(横浜市梶が谷市ケ尾、東京都江戸川、東京都小金井の工事)を原告に一括下請させるようになったこと、本件請負契約についても神奈川県川崎市の工事であったため原告に一括下請させたこと、右工事のうち昭和五八年二月の小金井AB棟の建築工事は、日本橋建設が訴外会社に請負わせたものであったが、被告福島は、原告がこれを下請することを当初から知っていたこと、本件元請契約当時には原告は右下請工事をほぼ完成しており、その工事中、被告福島は、その工事現場をたびたび見に来ていたこと、同年八月二日訴外会社の代表取締役に就任し、それ以前も訴外会社の会長と呼ばれていた茂手木利一(訴外会社の実質上のオーナー)と被告福島とは古くからの友人であったこと、日本橋建設の取締役で経理に明るい高橋恒雄は、同年五月一日訴外会社の監査役に就任し、同年八月二日監査役を辞任すると同時にその取締役に就任しているが、これは被告福島が訴外会社の経理監査をさせるために派遣したものであること、被告福島は、訴外会社を通じて原告を知ったが、原告が下請を真面目にやる業者であると認めて、その後日本橋建設として原告に対し、横浜市中華街と、田園調布雪谷の補修工事を計二件直接請け負わせ、その請負代金の支払として昭和五八年七月三〇日と同年八月二九日に原告宛に二通の約束手形を振り出していること、被告福島は、本件建物の上棟式に出席したのをはじめ、しばしば本件建物の建築現場を見に来ていて、被告代理人の梅田豊が原告に対し追加変更工事を指示しているときにも、同席していたことがあること、訴外会社が直接工事したことは全くないこと、以上の事実が認められ、《証拠省略》中この認定に反する部分は、この認定に用いた各証拠に照らして措信することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はなく、この認定事実を合わせ考えると、被告福島は、原告が訴外会社から一括下請によって本件建物の建築工事をしていることを熟知していたものと推認することができる。

8  《証拠省略》によれば、原告は、訴外会社から本件請負契約の請負代金の支払として数回に四か月先を支払期日とする約束手形数通(額面金額には、他の請負工事代金も含まれていたが、本件請負代金については一二〇〇万円弱)を受け取っていたが、その手形金は、訴外会社の倒産のため全く支払われていないことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

9  右2ないし8で認定した各事実を合わせ考えると、原告は、建設業法二二条で禁止され、本件元請契約でも禁止されていた一括下請をした者ではあるが、このことだけで本件請負契約(下請契約)が無効になるわけではなく、被告福島は、建設業を業とする日本橋建設の代表者であって、原告が一括下請をしていることを熟知していた者であり、また被告福島は訴外会社に対し請負代金の大部分を支払ずみではあるが、訴外会社は、原告に対し四か月先を支払期日とする約束手形を振り出しただけで、その決済をしておらず、被告福島もこのことを知りうる立場にあった(日本橋建設と訴外会社に共通の取締役である高橋恒雄は経理関係に明るい人であった)ことなどの事実関係のもとでは、いまだ、注文者である被告福島が本件建物の所有権を取得しうる特段の事情、すなわち、注文者たる被告福島が原始的には本件建物の所有権を取得する、又は建築中の築造物(建前)の段階からその所有権を取得するものとする合意があったと同視できる事情の存在を肯認することはできない。

したがって、被告福島の所有権の帰属に関する抗弁は採用することができない。

10  しかしながら、被告福島の主張は、原告の請求が信義則に反し、権利の濫用の法理に照らして許されないとの主張をも含むものと解され、その具体的な事実の主張としては、右抗弁として主張する事実と同一であるので、この点についても判断するに、右2ないし8に認定した事実を合わせ考えると、原告が本件建物の所有権の確認を求める請求は、被告福島が建設業を営む株式会社の代表取締役で、原告が一括下請をしていることを熟知していること、原告が訴外会社から請負代金の支払を全く受けていないこと、原告が本件建物の建築続行のため本件建物を占有管理していることなどに照らして、信義則違反ないしは権利濫用とはいえないが、本件保存登記の抹消登記手続を求める請求は、原告は最終的には本件建物の所有権を被告福島に移転し、その旨の所有権取得登記を得させるべき立場にあり、被告福島は、訴外会社に対し、本件建物の出来高に見合う請負代金額をすでに支払ずみであることなどに照らすと、権利の濫用として許されないと解するのが相当である。

四  被告会社の抗弁(信義則違反又は権利濫用)について

1  被告会社の抗弁(一)については、すでに三の2ないし9で被告福島の抗弁について判断したとおりである。

2  被告会社の抗弁(二)(本件抵当権設定登記等がされるに至った経緯)についてみるに、《証拠省略》を総合すれば、被告会社は、被告福島から本件建物の建築資金の借入申込を受け、昭和五八年八月二三日一三〇〇万円を貸し渡したが、その貸付の際、本件建物につき被告福島名義で所有権保存登記ができることを確認したうえ、すでに昭和五七年六月一一日被告福島に貸し付けていた土地取得金一四五〇万円の支払の担保として本件建物につき抵当権設定及び賃借権設定契約を締結すると同時に、一三〇〇万円の貸付についても、その支払の担保として本件建物につき抵当権設定及び賃借権設定契約を締結し、この各契約に基づいて、昭和五八年八月二三日本件建物につき本件抵当権設定登記等を経由したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

3  被告会社の抗弁(三)(被告会社が原告と訴外会社との関係を全く知らなかったこと)についてみるに、《証拠省略》によれば、本件建物の確認通知書には、梅田建築設計室梅田豊が設計者として表示され、工事施行者は未定とされていたこと、本件建物の建築現場に条例に基づき設置されていた看板が同年一〇月末ころまで立ててあったが、これには、設計者梅田建築設計室、工事施工者訴外会社と表示され、当初原告名の入ったシートが使われていたが、同年七月初めごろ外構ができてからはこのシートがとりはずされたので、原告名義で立入禁止の立看板を立てた同年九月二〇日ごろまでは、事情を知らない第三者が見た場合には、訴外会社が実際に施工しているようにみえたこと、被告会社は、原告と訴外会社との関係を知らずに本件抵当権設定登記等の手続をしたことを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

4  右1ないし3で認定した各事実を合わせ考えると、被告会社は、原告と訴外会社との関係を知らず、かつ、被告会社が本件抵当権設定登記等を経由した当時は、第三者からみれば、訴外会社が現実に施工しているとみえる状況であったことが認められるので、このような事実関係のもとでは、原告は、被告会社に対し、自己が本件建物の所有者であると主張して、右登記の抹消登記手続を求めるのは、権利の濫用というべきである。

したがって、被告会社の抗弁は理由がある。

五  請求原因4(確認の利益を基礎づける事実)の事実は当事者間に争いがない。

(反訴についての判断)

一  請求原因1(被告福島の本件建物の所有権取得原因)について

本訴についての判断、一及び三に判示したとおり、被告福島が本件建物の所有権を取得できる特段の事情を認めることはできないから、請求原因1の所有権取得原因は理由がない。

二  請求原因3(損害賠償)についての判断

右一に判断したとおり、被告福島に本件建物についての所有権を認めることができず、本訴について判断したとおり本件建物の所有権は原告にあり、かつ、原告は訴外会社の倒産により全く下請工事代金の支払を受けておらず、訴外会社の代表者も行方不明のため原告が採算を度外視して建築工事の続行ができないのもやむをえないものというべく、また玄関ドアの取りかえも原告の立場からすれば必要に迫られての行為ということができ、仮処分申請も本訴の提起もやむをえない行為というほかなく、結局、原告の行為を不法行為と評価することはできない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、請求原因3の請求も理由がない。

(結論)

以上の判示によれば、原告の本訴請求は、被告福島に対し、本件建物の所有権確認を求める部分に限り理由があるのでこれを認容し、被告福島に対するその余の請求及び被告会社に対する請求は理由がないのでこれを棄却し、被告福島の反訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九四条後段を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小倉顕)

<以下省略>

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